プロフィール

★大牟田の田舎から出て来て、
 福岡のフリーのデザイナーです

出身地、生まれは、大牟田市の諏訪町という炭坑町。

はじめて福岡に出て来た時には、誰一人知り合いも無く、いつも地図を片手に道を間違えながらふらふらスクーターで走っていました。

スクーターを止めて地図を眺めていると、いつも、親切な人が声をかけてくれて、「どこにいくとね?」と聞いてくれました。
福岡の人はやさしかねぇと、たったそれだけでも、感動していました。スマホもない時代の話です。
今思い出しても、あの時の途方に暮れたような心細さと、「どこにいくと?」と聞いてくれた優しい声を思い出す事ができます。

いい年をして、人に声をかけて道を聞くという事に抵抗があるくらい人見知りなのです。

それも、デザイナーという職業が、ずっと事務所で営業さんからお仕事をいただくだけ。

大牟田から、熊本の デザイン相談所に就職し、10年間程も、社長と自分を併せたった4人の事務所で、9時の仕事の打ち合わせ10分。その後夜12時を軽くまわる時間まで、ひと言も口をきかず、黙々とモニターに向かってる事が大半だったからのような気がします。

みんなが浮かれていたバブルの時期、そんなデザイナー時代を過ごしてきました。

熊本フリーのデザイナー時代。

しかし、それから10年間続けた仕事を自分のデザイン能力の無さや、行き詰まりからその職場を去る事を決め、他の仕事を探そうとしてた時に、「もったいないけん、続けなっせよ」と熊本弁で言ってくれた人がいました。

その人は、生返事を繰り返す私に、小さなイラスト、カットの仕事をもらってきてくれ、「仕事もらったけん、挨拶にいってこんね」と、アドバイスまでいただいたのに、緊張して、スクーター置き場で、何度も、なんと言って中に入ったらいいんだろう?
こんなやつに仕事を任せられるかと、怒鳴られたりしたらどうしよう。と、そればかり考え、30分も、うろうろ。
意を決して挨拶に行った事を昨日のように覚えています。

福岡市城南区別府でデザインを請け負っております。

長い間のような、短い間のようなそんなデザイナーを仕事に働いてきた時期ですが、本当にいろいろな事がありました。

私をデザイン業界に引き止めてくださった方や、依頼してくださった方のおかげで、もう二度とやらないと思っていたデザイナーも、なんとか続けさせていただいています。

その後も、前向きに広告をもっと深く勉強したいという思いから、熊本から福岡に出て来て、いろいろな方とお仕事をさせていただいています。

最近ではちょっとだけ成長したのかもしれないと思う事もあります。

それでも、未だに、人とお話しさせていただくのは苦手で、価格を決めるのも苦手です。

ホームページ作成や、印刷を頼んだ事が無い方には、高いかもしれないなぁと思いつつも、自分なりにこれ以上安くはできないところまで落としているつもりです。

また、出来る限り、お客様のお店づくりを支援できるようになりたいと努力しております。

小さな デザイン相談所ですが…。

I/O(アイ・オー)デザインは福岡県福岡市城南区別府で一人でやっている印刷物を中心とした小さな デザイン相談所です。

どのようなお仕事も一人でさせていただいています。普段の服装もラフで、いつでも動けて汚れてもいいようなジーンズなどです。なんともう、五十歳になってしまいました。カッコいい印刷物ができますか?と聞かれたら「どうでしょうね?」
と答えてしまうと思います。
「大きな印刷会社のデザイナーさんや、Webの会社さん。ともすれば、学生さんの方が、面白いデザインを制作されるのでは?分業体制がしっかりしていますから…。」と答えるのではないでしょうか。

しかし、それでも、お客様のご意見を伺って、そのお店に最適な印刷物を作ることについては、こだわりを持っています。

そして、多少動きは遅くても、福岡の小さな会社・個人経営の一人でやっている会社ならではのお客様の立場に立った制作を信条とし、大きな会社に負けない納得できる印刷物や、広告、ホームページを作っていきたいと考えています。

福岡県福岡市の城南区で一人でやっている小さな デザイン相談所でよろしければ、ぜひ一度お話をお聞かせください。